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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)227号 判決

東京都新宿区住吉町四丁目一番五一一号

原告

辻井清吾

右訴訟代理人弁護士

里見和夫

東京都新宿区三栄町二四番地

被告

四谷税務署長 田巻達也

右指定代理人

前澤功

鈴木一博

木村忠夫

上田幸穂

山本善春

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の平成五年分所得税について平成六年五月三一日付けでした過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は平成五年分所得税につき、法定の期限内に総所得金額を九二五万〇一八一円、所得税額を一一〇万三四〇〇円(源泉徴収税額と同じ)とする確定申告(以下「本件確定申告」という。)をしたが、その後、平成六年四月二六日、土地の譲渡に係る分離長期譲渡所得金額を二八八〇万四〇三二円、所得税額を九九八万四六〇〇円(納付すべき税額八八八万一二〇〇円)とする修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした。

2  本件修正申告は、原告の父辻井義治(以下「亡義治」という。)が平成四年七月二八日死亡し(相続人は、原告、辻井クリ、辻井徹(以下「徹」という。)及び細川寿美子の四名である。)、その遺産である柏原市大県三丁目二五〇番五所在の雑種地九九一平方メートル(以下「本件土地」という。)が平成五年中に譲渡されたこと(以下「本件売買」という。)に伴う譲渡所得についてしたものである。

3  被告は、原告に対し、平成六年五月三一日付けで、本件修正申告により納付すべき税額につき、過少申告加算税一二七万六五〇〇円を賦課する決定(以下「本件決定」という。)をした。

4  原告は、平成六年七月二八日、被告に対し、本件決定につき異議申立てをしたが、同年一一月八日付けで棄却されたため、同年一二月六日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、これも平成七年五月一二日付けで棄却された。

5  しかし、原告が本件土地の譲渡所得につき確定申告しなかったことについては、次のとおり、国税通則法(以下「法」という。)六五条四項に規定する正当な理由があるから、本件決定は違法である。

(一) 本件土地は、相続債務の弁済のために売却されたものにすぎず、本件確定申告当時、本件土地を含め亡義治の遺産分割協議は未了の状態にあり、本件土地の譲渡所得の帰属も未確定であったから、遺産分割協議が確定するまでは、原告は、本件土地の譲渡所得の申告義務を負わないと解すべきであるし(なお、亡義治の遺産については、平成七年一二月四日、相続人間において遺産分割調停が成立し、原告は、本件土地につき一二分の一の持分を取得することとなった。)、仮に、申告義務があるとしても、右のような事情は、原告が本件土地の譲渡所得につき確定申告しなかったことについての正当な理由があることを基礎付けるものというべきである。

(二) 本件売買は、徹がそのすべてを取り仕切って行ったものであり、原告は、徹から強く求められたため、やむを得ず契約締結日や取引期日が空欄のままの売買契約書などに署名捺印をしたもので、取引には一切関与しておらず、いつ売買や所有権移転登記が行われるのかも知らされていなかったし(原告が本件売買及びその登記の事実を知ったのは、平成五年一一月四日ころである。)、その売買代金、売買に要した費用など本件売買の具体的内容については、徹と交渉して知ろうと努力したにもかかわらず、徹が一切教えようとしなかったため、原告としては、本件土地の譲渡所得が発生したか否か、発生したとして正確な譲渡所得の金額がいくらになるのかが全く分からなかったものであり、これらのことと前記(一)の事情を合わせれば、原告が、本件確定申告当時、本件土地の譲渡所得を申告をすることは著しく困難又は不可能であったというべきで、法六五条四項に規定する正当な理由がある。

6  よって、原告は、本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1 請求原因1ないし4の事実は認める。

2 同5は争う。

(被告の主張)

1 本件決定は、法六五条一項に基づき、本件修正申告によって納付すべき税額八八八万円(法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した八八万八〇〇〇円と、同条二項に基づき、本件修正申告によって納付すべき税額のうち本件確定申告に係る税額一一〇万三四〇〇円を超える部分七七七万円(法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した三八万八五〇〇円との合計額一二七万六五〇〇円を過少申告加算税額として賦課する旨を決定したものであって、適法である。

2 相続開始から遺産分割協議が成立するまでの間において、相続財産は相続人全員の共有に属し、各相続人はその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継することとされているから、本件土地が譲渡されたことによる収入も、法定相続分で原告ら相続人に帰属することは明らかであり、原告は、本件土地の譲渡収入のうち原告の法定相続分に係る金額を収入金額として申告しなければならないことはいうまでもないのであって、この点に関する原告の主張は失当である。

3 法六五条四項の「正当な理由」がある場合とは、申告した税額に不足が生じたことについて、通常の状態において納税者が知り得なかった場合や、災害等納税者の責めに帰することのできない外的事情に起因する場合など、当該申告に真にやむを得ない理由があり、納税者に過少申告加算税を課すことが不当若しくは酷になる場合を意味するものであるから、原告が主張するような相続人間の不協力により申告のための具体的資料が入手できないといった主観的ないし個人的事情は、これに該当しないというべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、第三号証、第一六号証、乙第一号証の一、二、原本の存在と成立に争いのない甲第五号証、弁論の全趣旨により原本の存在と成立を認める甲第一二号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  亡義治は平成四年七月二八日死亡し、その相続人は、同人の妻である辻井クリ、子である原告、徹及び細川寿美子の合計四名であり、その法定相続分は、辻井クリが六分の三、その他の三名が各六分の一である。なお、亡義治の遺言による相続分の指定はされていない。

2  亡義治には、幸福銀行及び柏原市農協に対する負債があったことから、右債務の弁済に充てるため本件土地を処分することとし、柏原市に住んでいた徹が、その他の相続人の承諾を取り付けるなどして、その売却手続を行い、平成五年八月一三日、株式会社弘生住宅に対し、本件土地を代金二億三一〇〇万円で売却し、同日、所有権移転登記手続を済ませた。

なお、原告は、平成五年七月ころ、徹の求めに応じて、いわれるままに売買契約書等に署名押印したが、その時点では、本件売買の契約締結日、契約の相手方等については、知らされなかった。

3  原告は、亡義治の遺産につき分割協議が進展しなかったので、里見和夫弁護士に依頼して、遺産分割調停を申し立てることとし、その準備中である平成五年一一月四日ころ、登記簿謄本によって、本件売買により本件土地が株式会社弘生住宅に譲渡されていたことを知った。

4  原告は、平成六年三月一四日、本件土地の譲渡に係る所得について一切記載することなく、平成五年分所得税につき本件確定申告をしたところ、同年四月下旬ころ、四谷税務署の担当職員から、本件売買に関し、徹は譲渡所得の申告をしているのに原告からはその申告がない旨の指摘を受け、本件修正申告を行った。

5  なお、原告は、その申立てに係る遺産分割調停手続において、徹に対し、本件売買の代金の使途、残額などについての説明を求め、平成六年七月、本件売買の契約書等の写しを入手した。また、亡義治の遺産については、平成七年一二月四日、相続人間において(ただし、徹は平成七年五月に死亡した。)、原告が本件土地につき一二分の一の持分を取得することなどを内容とする調停が成立した。

二  そこで、原告が本件確定申告において本件土地の譲渡所得を申告しなかったことについて、法六五条四項に規定する「正当な理由」があるといえるかどうかについて検討する。

1  原告は、本件確定申告当時においては、遺産分割協議が未了であり、本件土地の譲渡所得の帰属も未確定であったとして、原告には譲渡所得の申告義務がなかったし、そうでないとしても申告しなかったことに正当な理由がある旨主張する。

本件確定申告の当時、遺産分割が未了であり、平成七年一二月の調停の成立によって、初めて遺産分割協議が整ったことは、前記認定のとおりであるが、しかし、相続人が数人あるときは、相続財産は共同相続人全員の共有に属することになり(民法八九八条)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継するのであって(民法八九九条)、本件においては、亡義治の死亡により、原告及びその他の相続人は、亡義治の遺産である本件土地について、それぞれ法定相続分に応じた共有持分(本件において、遺言による相続分の指定がないことは前記認定のとおりである。)を取得することとなるのであるから、原告が、本件売買当時、本件土地について法定相続分である六分の一の割合による共有持分を有していたことは明らかである。したがって、亡義治の遺産について相続人間に未だ分割協議が成立していない段階において、共同相続人が遺産に属する不動産を譲渡することは、とりもなおさず、当該不動産について共同相続人が有する各共有持分を譲渡することにほかならないのであって、その各共有持分の譲渡による譲渡所得は、それぞれの共同相続人に帰属するものであることもまた明らかである。

そうすると、原告は、亡義治の死亡により、本件土地につき六分の一の共有持分を取得し、これを本件売買により他に譲渡したものであり、原告の共有持分に係る譲渡所得は原告に帰属すべきことはいうまでもないから、遺産分割が未了であったとしも、原告は、平成五年分の所得として、右譲渡所得を申告すべきであるというべきである(遺産分割がされるまで右譲渡所得の申告が猶予されると解すべき根拠は見当たらない。)。

したがって、遺産分割協議が未了の状態にあることを理由に、本件土地の譲渡所得の申告義務がないとし、あるいは申告しなかったことについて法六五条四項の「正当な理由」があるということはできず、この点に関する原告の主張は採用することができない。

2  次に、原告は、徹が教えようとしなかったため、本件確定申告の当時、本件売買の具体的内容、ひいては譲渡所得が発生したか否か、譲渡所得の金額がいくらになるのかが全く分からず、本件土地の譲渡所得を申告をすることは著しく困難又は不可能であったから、法六五条四項に規定する正当な理由がある旨主張する。

しかし、法六五条四項の「正当な理由」があるとは、過少に税額を申告したことが納税者の責めに帰することができない客観的な障害に起因する場合など、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、納税者に過少申告加算税を課すことが不当若しくは酷になる場合を意味するものであって、その過少申告が納税者の税法の不知又は誤解であるとか、納税者の単なる主観的な事情に基づくような場合までを含むものでないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告は、本件売買の契約書に自ら署名押印しているのであるから、近く本件売買がされることを十分予期し得たものであり、しかも、平成五年一一月四日ころには、本件売買があったことを現実に知ったのであるから、徹からその具体的内容を知らされていなかったとしても、自ら、買主に対して照会するなど積極的に調査を尽くせば、申告に必要な代金額等を知り得たものというべきであって、原告が本件土地の譲渡所得を申告するについて客観的な障害があったということはできない。結局、原告の主張は、徹の協力が得られず必要な資料が手に入らなかったというにすぎず、そのような単なる主観的な事情は法六五条四項の「正当な理由」とならないことは前示のとおりである。

三  以上のとおり、本件において、原告が本件土地の譲渡所得を申告しなかったことについて法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められない。

そして、本件決定は、法六五条一項に基づき、本件修正申告によって納付すべき税額八八八万円(法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した八八万八〇〇〇円と、同条二項に基づき、本件修正申告によって納付すべき税額八八八万一二〇〇円のうち本件確定申告に係る税額一一〇万三四〇〇円を超える部分七七七万円(法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した三八万八五〇〇円との合計額一二七万六五〇〇円を過少申告加算税額として賦課したものであることは計算上明らかである。

したがって、本件決定は、法六五条の規定により適法に算出された金額を賦課したものであり、適法である。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 裁判官 徳岡治)

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